截金技法
截金師としてのルーツ
古代から続いてきた伝統技法
截金の歴史は、紀元前の古代地中海世界まで遡ります。
私が研究を重ねてきた「ゴールドサンドイッチガラス碗」は、紀元前3世紀頃のヘレニズム時代に作られたもので、そこには截金の源流となる緻密な金箔装飾が施されています。
地中海で生まれたこの技法は、シルクロードを経て日本へと伝えられたと考えられます。飛鳥時代から鎌倉時代にかけて、仏教美術の隆盛とともに独自の発展を遂げました。
今日、截金は主に仏像や仏画を荘厳する技法として受け継がれていますが、私の截金師としての原点は、さらに遥か昔、紀元前のヨーロッパにあります。
紀元前の金箔装飾を研究・復元する過程で、日本の截金装飾にはあまり見られない、自由で型にとらわれない表現を見出しました。
そこに岩絵具による彩色といった日本画の技法を融合させることで、時代と国境を超えた独自の表現を追求しています。
大英博物館所蔵 Sandwich gold-glass bowlの復元模造
- 12.5 × 23.0 cm(直径)
- ガラス:迫田岳臣
- 截金:並木秀俊
截金の工程
01. 合わせ箔を作る
金箔の厚さは1万分の1ミリと非常に薄いため、そのままでは加工できません。
そこでまずは、「合わせ箔」を作るところから始めます。
熱した備長炭を灰の中に埋め、その上を這わせるように重ねた箔を動かして焼き合わせます。
両面を炭にかざすと熱で箔同士が貼り合わさり、表面に細かな縮緬皺(ちりめんじわ)が寄ってきます。
全体に縮緬皺ができるまで、何度も繰り返します。
2枚を焼き合わせたら、同じ要領で3枚目、4枚目… と重ねて焼き合わせ、目的の厚さにしていきます。
炙ることで箔に粘りと柔軟性を持たせることができ、また縮緬皺がクッションの役割を果たすため、箔を曲線状に扱えるようになります。
02. 箔を切る
合わせ箔を鹿の皮を張った盤の上に置き、目分量で線状や菱形、三角形に断ち切ります。
金属の刃では静電気で箔がくっ付きうまく切れないため、竹刀を使い、スライドさせるようにして切ります。
竹刀は定規のような形状で、側面が刃のようにシャープに削られています。
その側面全体を切りたい幅に合わせて箔に当て、滑らすように切り離します。
03. 箔を貼る
筆を両手に持ち、利き手の筆には布海苔と膠の溶液をつけ、もう一方の筆には箔を巻きつけて垂らします。
巻きつけた箔の先端を利き手の筆で拾い、両方の筆を操りながら図柄に沿って慎重に置いていきます。
箔を焼き合わせ、切って、貼る。
截金の工程は言葉にするとシンプルですが、集中力と根気、そして試行錯誤を積み重ねて習得した技術を必要とする技法なのです。
砂子・切箔・野毛
不規則性が生み出すリズムとアクセント
精密でありながら優美な曲線を描く截金とは対照的に、砂子・切箔・野毛などの技法は、不規則性によって作品にリズムとアクセントをもたらします。
砂子は竹筒に金網を被せた「砂子筒」という道具にくしゃくしゃに丸めた箔を入れ、「ささら」という小さな竹箒のような道具でかき混ぜながら、膠を塗った画面へ粉になった箔を落としていく技法です。砂子によって空間の奥行きや溢れるような光の輝きを表現することができます。
切箔は角形や菱形に小さく切った箔を、膠を薄く塗った画面に散りばめる技法で、砂子とはまた違ったシャープなリズムが刻まれるのが特徴です。偶然性を孕んだ箔のリズムや間合いが、作品に生き生きとした息吹を吹き込みます。
野毛は0.1〜0.2ミリのふわふわした繊維のような箔を、ランダムに散らしていく技法です。一見、截金と見間違えそうな表現ですが、精密な文様を描いていく截金とは異なり、不規則性がもらたすアクセントによって一段深みのある空間性を表現することができます。
截金とこれらの技法を組み合わせることで、精密さと不規則性という相反する要素が組み合わさり、作品に奥行きと空間の広がりを持たせることが可能になります。
道具
改良を重ねた天然素材の道具たち
日々手にする道具には市販品が少なく、特に截金の道具に関しては、そのすべてが手作りです。
例えば「箔箸」。市販のものもありますが、その多くはサイズが大きく、繊細な箔を正確に掴むには不向きです。そのため、自分の手に馴染むよう削り出し、用途に合わせて大小を使い分けています。
箔を切る「竹刀」もまた、自ら製作する道具の一つです。3〜5年の歳月をかけて乾燥させた篠竹を使い、小刀で丁寧に刃を削り出します。竹刀の刃先にわずかな傷があるだけで、繊細な箔は台無しになってしまうため、その仕立てには一切の妥協が許されません。
理想の表現を追求するために、道具のあり方を常に模索する。より使いやすく、より美しく。私の手仕事は、道具を研ぎ澄ますことから始まっています。
縁付箔
1200年続く熟練の職人技が生み出す純金箔
今、日本国内に流通している金箔には、「縁付箔(えんつけはく)」と「断切箔(たちきりはく)」の2種類があります。
この2つは歴史、製法、時間、コストなど、あらゆる点で大きく異なります。
手漉きの雁皮紙(がんぴし)※1 に柿渋や灰汁、卵白などを染み込ませ、約半年かけて仕込んだものを箔打ち紙(はくうちし)※2 に用い、10時間以上かけて金箔を打ち上げる、日本では1200年続く製法による純金箔です。
対して断切箔は特殊カーボンを塗布した硫酸紙(グラシン紙)※3 を箔打ち紙に用いて作る純金箔で、縁付箔と比べて圧倒的に短時間で大量に製造することができるため、近年では主流となっています。
どちらも同じ「純金箔」ではあるのですが、その仕上がりには格段の違いがあります。
截金のように非常に繊細な作業では、箔に生じたわずかな穴が仕上がりに影響してしまいます。そのため、一枚一枚の状態が丁寧に確認・管理された縁付箔が、截金には最も適しています。
こうした理由から、縁付箔は私の截金制作に欠かせない素材となっています。
- ※1
ジンチョウゲ科の落葉低木「雁皮(ガンピ)」の皮を原料とした、きめ細かく美しい光沢を持つ最高級の和紙。繊維が細かく強靭で、虫害に強く、滑らかな紙肌が特徴で、「紙の王」や「東洋の羊皮紙」と称される。平安時代から高級な書写用紙、障子紙、美術版画、古文書の修復などに幅広く使用されている。
- ※2
金箔を製造する工程で、金合金の薄板(澄)をさらに数万分の1ミリの薄さにまで打ち延ばす際に、金箔を挟み込む専用の特殊な和紙。抜群の吸脂性を持つため、役割を終えたものは「ふるや紙」として最高級のあぶらとり紙になる。
- ※3
極薄で半透明、耐油性・耐水性を持つ高密度な紙。硫酸処理で繊維を結合・透明化し、高圧ローラーで圧縮して加工する。
岩絵具
世界が忘れてしまった天然の鉱物顔料
油彩画や水彩画とは違い、日本画では鉱石や土、珊瑚、貝殻といった天然素材の顔料である「岩絵具」が用いられます。
岩絵具はそれ単独では画面に定着しないため、「膠」という動物の骨や皮から抽出したゼラチン質を接着剤として使用します。
この技法は、古代壁画から脈々と日本の絵画表現に用いられてきました。
日本画の源流となる絵画は東アジア諸国やシルクロードにも存在しますが、この技法を現在まで連綿と受け継いできたのは日本画のみです。
もしかしたらアニミズムの精神をルーツとする私たち日本人だからこそ、この技法を絶やすことなく現在まで存続できたのかもしれません。
昔は西洋でも鉱石を砕いたものを絵具に混ぜて使用していましたが、接着剤に油を用いているため、膠で溶いたものとは見え方が違います。
油で溶いた絵の具は粒子が油で覆われ半透明になり光沢を帯びますが、膠で溶いたものは粒子が覆われず表面に出てくるため、絵肌の質感はマットで角度によってキラキラと色味を変化させます。
つまり日本画は、絵具が持っている色本来の魅力をそのまま生かすことができる技法なのです。
截金×日本画
截金と日本画の融合
絵具の線描では表現できない、力強さと存在感を放つ截金。
日本のアニミズムの精神と、自然とのかかわりの中で紡がれてきた岩絵具。
細くて張りのある截金の線が、粗い粒子を持つ岩絵具の質感と溶け合うとき、そこにはより一層の美しさが宿ります。
これまで文様など工芸的に用いられてきた截金で、絵画のように自由に描き、日本画と融合させる。
それにより、これまでにない新しい絵画表現を生み出したいと考えています。
新たな挑戦
最新技術によって作り出した立体物に截金を施すことで、平面作品とはまた違った、多角的な光の輝きを表現することができます。
現代のプロダクトデザインにも活用されている造形技術と、古来からの伝統工芸である截金。
その二つを融合させることで、新たな表現領域の開拓に挑戦しています。